大判例

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東京高等裁判所 昭和41年(う)1054号 判決

本店所在地

東京都千代田区外神田四丁目四番九号

株式会社ヤマト松井本店

右代表者代表取締役

松井敬太郎

本籍

同区神田田代町一四番地

住居

同区外神田四丁目四番九号

右会社代表取締役

松井敬太郎

大正七年八月一八日生

右の者らに対する法人税法違反被告事件につき、昭和四一年二月一一日東京地方裁判所が言い渡した判決に対し、各被告人からそれぞれ控訴の申立があつたので、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人横山正一、同横山唯志連名の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁の趣意は、検察官古谷菊次の答弁書記載のとおりであるから、いずれもこれを引用する。

控訴趣意第一、第二について。

記録および証拠物を調査、検討するに、原判決は、その理由中弁護人の主張に対する判断の四の(一)において所論第一の一につき、同(二)において所論第一の二につき、同(三)において所論第二の一、二につき、同(四)において所論第二の四につき、同(五)において所論第二の三につき、それぞれ右各所論と同趣旨の原審弁護人の主張を採用し得ないものとして、その理由を逐一説示しているのであつて、該判断は、いずれも正当として支持されるべきものである。従つて、これらの点に関する各論旨は、いずれも理由なき独自の主張を徒らにくりかえすものであつて、すべて採用できない。

控訴趣意第三について。

記録を検討して勘案するに、本件各犯行の罪質、動機、態様期間、回数、ほ脱額、犯罪後の情況、その他最刑の資料となるべき諸般の情状に徹するときは、所論の指摘するような事情を十分斟酌してみても、なお、原判決が、被告会社および被告人松井敬太郎に対して量定した各刑をもつて、所論のように苛酷不当なものと解するわけにはいかない。この点の論旨も理由がない。

そこで刑訴法三九六条により本件各控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。

検事 古谷菊次 公判出席

(裁判長判事 江里口清雄 判事 内田武文 判事 横地正義)

東京高等裁判所第一一刑事部

昭和四一年(行ウ)第一〇五四号

控訴趣意書

被告人 株式会社ヤマト松井本店

(右代表者 松井新太郎)

同 松井敬太郎

表記被告人らに対する法人税法違反被告事件について、昭和四一年二月一一日東京地方裁判所刑事第二五部が言渡した判決に対し、さきに被告人らより控訴の申立をしたが、その理由は左のとおりである。

第一、原判決には左のとおり事実の誤認がある。

一、被告会社において計上した各年度の架空経費の額は、弁護人より提出した高橋章浩作成の架空経費明細表一冊及び年度別明細表三冊に記載された金額が正確なものである。

すなわち、判示の架空経費より少い額である。このことは証人三浦博人及び証人高橋章浩の原審公判における証言によつて明らかである。原判決は右証言は「たやすく信用できず」とし、かえつて、捜査の段階において作成された被告人松井敬太郎作成の上申書に添付されている三浦博人作成の昭和三九年二月一七日付架空経費明細書及び架空経費付属明細表各三通に信憑性が認められるとしているけれども、三浦が右明細書等を作成したときは、同人が初めての捜査を受けて極度に混乱していた時期であり、しかも短期間に仕上げたものであるから関係者の意見を充分に参酌することができず、また、資料を慎重に検討する余裕もなかつたものであるから、作成された明細書等は正確なものとは言い難いのである。

これに対し、高橋が作成した明細表等は、「原審公判中、証拠として提出されたすべての資料に基き、充分な時間を得て」、しかも自由な雰囲気の中で慎重に検討した結果作成されたものであるから、極めて正確なものである。

しかるに、原判決が、これを斥けて、あえて、捜査の段階において作成された明細表等を証拠としたことは「採証の法則」に反するものであり、これに基いて認定された原判決の架空経費の計算は明らかに事実を誤認しているものである。

二、被告会社の簿外預金利息中には、被告人松井敬太郎外松井一族の者らの個人預金の利息も含まれている。

遺憾ながら、いま直ちに、個人預金に対する利息額を明確にすることはできないけれども、国税局の調査において、架空人名義の預金につき、被告会社のものと個人のものとに区別するに当つては、当時、銀行員の無責任な報告に従つて処理されたものであるだけに、この調査に基く資料をもつて原判決のように、簡単に被告会社の簿外預金に対する利息のみの集計と見ることはできないのである。

そして、個人預金に対する利息も含まれているという合理的な疑いが存在し且つこれが主張されている以上、原審は更に職権をもつて審理を尽くすべきであつた。この点において、原判決は審理の不尽があり、これが事実を誤認する理由となつている。

第二、原判決には、左のとおり法令の適用について誤まりがある。

原判決の「別紙第二の一の13、二の29、三の37」の松井新太郎に対する貸付金利息の益金計上について、被告会社がその代表者松井新太郎に貸付けた金七〇五、七二〇円に対し、原判決が年一割の利息を認定したことは違法である。

一、すなわち、前記認定利息は昭和三四年八月二四日直法一-一五〇法人税取扱通達三六に基いているが、右通達は単なる税務官署内部における一種の執務規範に過ぎないものであつて、いわゆる法令ではない。

この通達の性質については、行政官庁の内部的なものであつて、法規としての形式的効力は与えられていないとの見解が一般的であつて疑問の余地はない。

そこで、原判決のように「被告会社が利息の定めなく前記金七〇五、七二〇円を代表者松井新太郎に貸与したのは、まさに通常取得すべき利率により計算した利息額相当の経済的利益を与えたものであり、しかも、これは前記施行規則第一〇条の三第四項により賞与と認むべきものであり」右通達が通常取得すべき利率を原則として、おおむね一割としていることが、たとえ、「経済界の一般的取引の実情に照らし社会通念上相当として是認しうるものである」との見解をとつたとしても、それは「法律、命令、またはこれらの委任に基く法としての形式的効力を有する規定」によるべきであり、その具体的実現(金額の確定)は、すべて法律としての形式的効力を与えられた法規に基かなければならないというのが弁護人の意見である。

社会的妥当性などという理由をもつて課税の根拠とすることは許されないということである。

そして、それがまた憲法第八四条の規定するところでもあるのである。

原判決は、昭和四〇年法律第三四号による改正前の法人税法第九条第八項が所得の計算に関し必要な事項についての定めを命令に委任し、この委任により昭和四〇年政令第九七〇号による改正前の法人税法施行規則は所得の計算に関し必要な事項を定めている旨を指摘している。

そして、この見解に関する限りなんら誤りはない。しかし、右施行規則第一〇条の三第四項により賞与と認むべきものとしている点については疑問がある。なんとなれば、本件は貸付金に対する利息であつて、同項に規定するような「臨時的に支給される給与」とは認められないからである。

また、仮りにこれが賞与として認められたとしても、それに対して右規則に基いて、前記認定利息が計上されたならば、あえて異論を唱えるものではない。問題は、右規則の委任も受けない従つて法としての効力もない単なる右通達によつて計算されていることが問題であると主張しているのである。

原判決は、これに対してはなんら説明することなく「一般的取引の実情に照らし社会通念上相当である」ことを理由に結論を回避しているのである。若し、原判決の見解に従えば、社会通念上相当であれば、いかなる課税も差支えないという結果になるが果していかがであろうか。

憲法第八四条は、国民が不当な負担を蒙ることのないことを念願とした財政立憲主義の下に規定されたものであつて「あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要とする」と規定している。

すなわち、それは広く租税に関し法律の定めで一般的に課することを意味する。従つて、租税の種類は勿論のこと、課税物件、課税標準、税率等すべて法律で定められることを要するものと解さなければならない。いわゆる租税法律主義の原則にほかならないのである。しかるに、右通達は、法としての効力もないのに、貸付金に対する利息を所得と認定し、且つ、利息額算定の基準をも規定したものであるから、明らかに憲法第八四条の規定した祖税法律主義に反するものである。

二、また、これを刑事訴追の立場から考察するときは、ほ脱罪の前提となるべき所得(すなわち、構成要件に該当する事実)について、その範囲を法律に基づかないで、単なる前記通達によつて確定していることとなり、罪刑法定主義に反する。

三、原判決の別紙第二の一の23、二の23、三の26の各価格変動準備金繰入の否認、同一の24、二の24、三の27の各貸倒準備金繰入の否認によつて所得と認定されたものについては、被告人にはほ脱の犯意がなかつたものである。

ほ脱犯の既遂時期については、申告説と納期説がある。申告説は「申告期限の残期間の有無にかかわらず、虚偽申告書の提出と同時に、過少に申告された税額が確定して既遂となる」というものであり、納期説は「実行行為は、申告書の提出によつて完了し且つ税額も確定するが、既遂の時期は納期の最終日の到来である」と解している。

そこで、多くの判例及び学説に従う限り、ほ脱犯の既遂時期は申告の時とみるべきであるから、ほ脱の結果、後に青色申告の承認の取消という行政処分によつて生じた所得分についてまで、被告人がほ脱の責任を負うことはない筈であり、また、その分についてまで、被告人にはほ脱の犯意はなかつたものである。

なお、原判決は「本件のような場合青色申告の承認が取消され各種準備金繰入額の損金計上などの特典が受けられなくなるであろうことは一般に予見しうべきことであるから」被告人らがほ脱犯の刑事責任を負うべきことは当然である、としているけれども、青色申告の承認の取消は、違反事実があれば必らず取り消されるというものではなく、その取消は、もつぱら行政官署の裁量によるものである。

従つて、申告の時に被告人らが取消を予見したとは言えないし、一般的に取消が予見し得るという考え方も直ちに首肯できないところである。それ故に、被告人らに刑事責任があるという考え方は相当ではない。

四、原判決の別紙第二の一の9、二の9「未収リベート」「未収奨励金」等は、法人税の課税対象となる所得ではない。従つて、これらについては所得を秘匿したことにはならない。

本来、法人税の対象となるべき所得は、法人が現実に利益を享受したときをもつて所得があつたものとみるべきであるところ、右科目については、いずれも被告会社が現実に利益を享受していないから、いまだ被告会社の所得ではない。

もつとも、税務行政上は、もつぱら徴税の便宜とその実務を期するため、得べかりし利益を計上したり、請求権等の発生をもつて、いわゆる権利発生主義に基いて課税しているが、本質的には疑問がある。

現金主義が企業の損益計算について不合理であるというような理由で排斥されることは、国民に不当な負担を蒙らせることがないように意図している財政立憲の理想を無視する結果となるものである。

行政上の事務処理の場合と異り、少なくとも刑事司法の立場からは、犯罪構成要件となるべき事実は確定的なしかも厳格なものでなければならないことが要請されるのである。

このような立場から本件を判断するとき、未収の不確定な所得をもつてほ脱の対象とすることは違法である。

第三、原判決は刑の量定が不当である。

原判決は被告会社に対し

判示第一の罪につき罰金三五〇万円

同 第二の罪につき罰金二〇〇万円

同 第三の罪につき罰金二五〇万円

を宣告し、「合計罰金八〇〇万円」に処しているが、被告会社は本件により行政処分によつて、

昭和三五年一月一日より同年一二月三一日までの事業年度の法人税に対する修正申告税額

合計 一八、四八六、五二〇円

昭和三六年一月一日より同年一二月三一日までの事業年度の法人税に対する修正申告税額

合計 一一、七三七、五七〇円

昭和三七年一月一日より同年一二月三一日までの事業年度の法人税に対する修正申告税額

合計 一二、二八七、六五〇円

総合計 四二、五一一、七四〇円

の納付を命ぜられ、既にこれを納付していて、被告会社としては相当の負担となつており、その制裁的効果は充分に挙つている上に、全く性質の異つているものとは言え、罰金合計八〇〇万円を納付することは被告会社にとつては甚だしく苦痛であつて、企業の運営に少なからず支障をきたすことは明らかである。

また、原判決の各罰金額は、いずれも法定刑の二分の一を超えるか、或いは、ほぼそれに近いものであつて、極めて苛酷なものと言わざるを得ない。

原判決には、以上のように事実誤認、法令適用の誤り、量刑不当等の諸点が認められ、これらが判決に影響を及ぼすことは明らかであるので、原判決を破棄して公正な御判決を賜わりたく控訴の申立をした次第である。

昭和四一年六月一三日

右弁護人 横山正一

同 横山唯志

東京高等裁判所

第一一刑事部 御中

右は謄本である。

弁護士 横山唯志

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